スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

小学校1年生のときの記憶に残っていること
1年だった私は、先生に教室の真ん中で、なにやら怒られているところだけが記憶に残っている
たぶん忘れ物をしていて、それが毎日だったらしい。
教室の真ん中で「いい加減に持ってきなさい。」
   「 どういうつもりで、もってこないんだ!!」 
 「 お前さんの家はどうなっているんだ!!」 というような、内容の会話がなされたと記憶している。

自宅に帰ってもまともには宿題もやらない、
時間割にあわせて持ってくるような能力が
かけているのかもしれないと今では思っている。
いまでこそ、次のように問題行動として
アスペルガー症候群という名前の問題行動の児童や
ADHAという注意力欠陥症候群という病気のなまえの児童がいるというふうに
取り上げたりしてくれるようになってきた。

家では、アルコール依存症の父がいて自由奔放のいえの事は食事の支度と
洗濯以外のことはほとんどやらない母がいて子どもの服が汚れていようが、あまり気にせず
学校に持っていく必要なものの準備の仕方や部屋の片付け方などに関しても
全然、教えてくれようともせずに散らかり放題で
押入れのふすまを開けるとバーゲンセールのように積み上げられている服が
あってそこの中から引っ張り出すようになっていた。

食べ物のことに関してでも、栄養状態があまりもめちゃくちゃで、
学校にこれから登校しようとする子どもに朝から
具が何も入っていないインスタントラーメンで
ご飯とラーメンと組み合わせで食べさせる親だった。
だから、よく、貧血や立ちくらみで倒れていた、集会で、
立って待っていると3回に一回くらいの割合で
倒れそうになったけれど迷惑をかけるといけないので、
我慢をして回復するのを待っていた

私のことで関わるとろくなことしか、おきないと先生も、
保健の先生もみんなで私のことを嫌っていた。
家でのネグレクトの虐待は、私の自己イメージを最悪なものにしていった。
クラスの前でやたら叱られ、私の自己イメージはさらに低くなった
ジャン・マリー神父はこれは、はずかしめて失敗にこりさせるという教育法で
ネグレクトの暴力や暴言をあびた子には絶対やってはいけない事だと言った。

入学したときから、どの女の子も、どの男の子も私と話をしてくれなかった
私は、孤立していた、それは先生たちにもわかっていた
孤立している私の状況を救おうとしてくれる先生は、小学校時代一人もいなかった。
私は小学校に行くことで、日々、自己イメージを低くさせられた。
私は、クラス全員、学年中、そして、学校ぐるみのいじめを受けていた
それは、先生たちもわかっていた。
いじめをやめさせる先生は一人もいなかった

プロフィール

マリア・アントニア・マルガリータ・マリア・アラコック

Author:マリア・アントニア・マルガリータ・マリア・アラコック
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。